‘ a record ’




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昨日川越にて開催されましたネオニッポン市 終幕しました
遠いところいらしてくださった方
来られなかったけれど応援してくださった方
出展者の方々
スタッフの方々
えびすやさん
主催のみずきさん
ありがとうございました 握手 握手
古民家での展示法を考える 良いきっかけと経験が得られました













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時間の堆積はせき止めることの出来ないとても大きな力を持っています。
そして時は圧倒的でありながら、それ自体には少しの暴力性もなく、ただ静かに、無情に、正確に延々と美しく降り積もってゆきます。
創作することは人間一流の異様のうちの一つかと思います。
しかし、時間を主題とした創作や、時間に反逆するようなものではなく、身体を機械、或いは昆虫や植物のように単純に活躍させ、述べても語らないような心持ちで描線を連ねることで、時の顕す形の無い姿に、せめて懐かしむように手を触れることができないものかと考えることがあります。




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例えば雲。その様相を描こうとするならば、言うまでもなく対象の皮相を描こうとするだけでは不足がある。

原理原則を科学的視座で研究し、捉えるか、もしくは、只々ぼんやりと眺めるかのいずれか(またはその両方)が必要であると思う。

特に後者は、対象(ここでは雲)がその時自分にとって必要なものであるかどうかを判定する機能も持っている。
雲の有様が自分にとって何かをもたらしてくれるかどうかは、自分の直感が取捨選択している。
必要なものは、意識して探そうとしなくても自然と眼に入ってくるもの。

とかそれっぽいこと言ったりして。




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ばたつくことはないけれど
予定の管理をしなければ
秋までとても大変だ
今年は制作の年だ




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ギャグマンガ日和を見た後
アラゴンを読む
シュールギャグと
シュルレアリスムとを
行ったり来たり




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美を感じる時、批評の心が失われるならば
作品の内、或は皮相に、他者が見出すイメージは二義的であり
言葉も排斥された瞬発的な感動にこそ第一義があるのではないでしょうか。
至って単純なことだとは思いますが、簡単に忘れがちなことではないかと思います。
そういうことであってほしいと、いつもそのように思っています。




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自然の威風は時と現象の堆積に拠るもので、緻密で豊かで、しかしそれでいて極めて単純。
自然を形成する銘々が美しい単純さを持ち寄っているから。
快楽主義的な単純さ、個の為の個。しかしながらそれは、生への愛に満ちている。
彼らは愛を言葉の檻に閉じ込めることなく、ただ純朴に生活の軌道が描線を残していく。
その無量の軌跡によって織り上げられた自然を前にすると、言葉無く、ただ自分の身丈どおりの呼吸だけが感じられるようである。




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日本人の律儀な性格の狭間に見え隠れする快楽主義的な領域のことについてあれこれ考えていたらこんな時間になってしまいました

持続的な幸福と、瞬間的な快楽
常に安寧でありつつ、且つ、時々の強い喜びも得たい

状況は可能性を作り上げてきている
あとは、わたしの精神の強靭さ(そして優柔さ)をそのままに

云々

そう、云々とたれても、望んでいるものやそれへ向かう身体は変わらないし
わたしの明日に心配はない

大事なものは素直に大事にします




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エイプリルフールにつく嘘ならば相応の完成度を持ったハイレベル嘘である必要があることに尻込みして毎年気の利いた嘘が言えない問題




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線はより制御されてきている反面、不思議なことに意図は影を潜めた様に感じる
という嬉しいニュアンスの言葉をもらった。


この言葉に、はっ、とした自分がいることが喜ばしかった。
というのも、強い意思を持って描き進めていた訳ではないことがこのとき自覚できたから。

無意識の性格を把握すること、無意識を意識で制御すること、この二つのことを頭でなく手が考え描き出してくれていることの証となるような気がする。
たまたま辿り着いたのではなければ尚良い。

目指していたものの、0,5歩くらい先にいられるということは、絵描きとして幸せなことです。




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31歳になりました。

今年からは、自分の選択した道をひたすらに進むことのできるのです。
このことが、わたしにとってどれだけ重要なことか。
生きている意味と、ほとんど同等といってもいいでしょう。
これからを切り開くものは運命でも世界でもなく、自分の内に静かに脈動する意志の力です。



(残雪の峰君の土換えを行いましたよ)




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片側から垂れる前髪が絵を描く際鬱陶しいので、イチローみたいなスポーツ刈りのイメージで切ってもらったらほぼ坊主になり、ヒロト寄せの時代を思い出しました。
今日も寒いです。春はまだまだ遠いのかしらん。



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神保町のギャラリー、ギャラリー福果で開催中の企画展「船と装丁」
本日閉幕致しました
幅広く沢山の方々に見て頂けたようです
デザイン事務所tobufuneの方々、お声を掛けてくださり、堂々とした素敵なデザインを仕上げて下さいました山之口さん
ギャラリー福果さん、そしてわざわざお足を運んで下さいました皆様に、堅い握手を
ありがとうございました




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ちょうど一年前の今くらい
大崎駅近くの小さな川に掛かる小さな橋の上で桜の木の蕾に触れました
昨日善福寺川沿いに並ぶ川桜の蕾を見ながら思い返していました

別になんてことのない、毎年決まりきって必ず訪れる桜の季節です
そんな繰り返しの中のひとつのことも、今のわたしにとってはすべて鮮やかに感受されます

今までのいろいろな物事を忘れること無く、しかし引きずることも無く抱きながら、今度こそ決して多くはないたった幾つかの信じられる大切なもの、それは、絵だったり、生活だったり、人だったり、物だったり、そういったものたちと同じ季節を繰り返していけたらと思います




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神保町のギャラリー、ギャラリー福果で開催中の企画展「船と装丁」
本日最終日(17:00迄)です
わたしは小林多喜二の蟹工船を装画担当しました
神保町の名店カフェ「さぼうる」の二階です
宜しければぜひ




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どんなにいい制作ができたと思っても まっさらな紙が一番美しい
次の絵を描く為の紙を用意した時 いつもこのことを考えます




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絵を描いているとき、なんの不安もない
ただ単純で自由なんでしょう
こういう風にいろんなものごとに接していきたい












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誰かの為にでもなく、自分の為にでもなく、ただ自然に堆積する海底の砂泥のように、それが層を成して感情の無い図を描き出すように、暮らしていけたらと思う。
絵を描いていけたらと思う。

自分を見てほしい、認められたい、愛されたい、そういったものがわたしの内にきっと沢山ある。
そういうものは、今は手の届かないところに押し込めなければいけない。

誰かの為でなく、自分の為でもなく、芸術とかいうものの為でもなく、歴史も文脈も社会も世間も関わりのないところで、同じことを繰り返して、ただ積み重ねていこう。




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ここは気に留まった雑多なものごとや描きかけの絵などを取り留めなく記録していく場です.
twitterはもはやつぶやきではなく、ユーザーの言葉は意識的であれ無意識的であれ、誰かに対しての言葉であるということがほとんど前提となってしまいました。
加えて、次々に消費されていく言葉たちを日々眺めていると、云い知れぬ寂しさが湧いてくるようになりました。
何か心に留まること、どうでもいいけど記録しておきたいことなどは今後ここに納めてゆこうと思います。
あと、単純に140字じゃ足りないんですね。

携帯でしょっちゅうtwitterを見ているのもなんだか嫌になってしまいました。
アンチというわけではなく、わたしには合っていなかっただけです。
コメント欄もない、いいねボタンもないここで、穏やかに言葉を重ねていけたらと思います。
何か思うことがあれば、サイトのどこかにアドレスを記載してありますので、メールでご連絡ください。住所をご存知ならお葉書でもよいですよ。お手紙は好きです。
それでは、この場所に気付いた稀な方がいらっしゃいましたら、どうぞ宜しく。